IPOに投資する上で「仮条件」という用語は必ずおさえておかなければなりません。全てのIPOにおいて仮条件が設定されますからね。
まず理解すべき事は仮条件の定義・意味です。そして、より重要なのは仮条件とその前後で決定される「想定価格」及び「公募価格」との関係です。IPO銘柄のおおまかな需要・初値を掴む事が出来ます(あくまで予想の範囲)。
誰もが公募価格割れを起こすIPO銘柄を掴みたくないですよね。そのためには、仮条件の形式的な内容だけではなく、実質的な内容も把握しておく必要があります。
そこで今回は「IPOの仮条件とは何なのか?」という事に加え、仮条件の決め方、そして想定価格及び公募価格との関係について説明していきたいと思います。
IPOの仮条件とは?
IPOの仮条件とは、ブックビルディングにおいて申し込める価格の範囲を指します。たとえば、2018年10月12日に上場した「イーソル株式会社(4420・マザーズ)」では、1,580円~1,680円という仮条件が設定されました。
前述したように、仮条件の価格範囲がブックビルディングの申込価格の範囲となります。そして、その後決定される公募価格は、必ず仮条件の範囲内に収まります。
いつ発表される?
一般的に、仮条件は上場承認を受けてからおよそ2週間後に公表されます。もう少し具体的に言うと、ブックビルディング開始日の前日に決定する場合が多いです。各銘柄の日程については上場承認時に公表される目論見書(該当箇所:募集条件)に記載されているので確認するようにしてください。
なお、仮条件の発表時間は15時です。仮条件を決定するにあたって、証券会社からの価格に関する説明及び取締役会の決議などを経て、目論見書の訂正事項分が15時に公表されます。いち早く確認したい人は仮条件決定日の15時にEDINETで書類検索をかけてみてくださいね。
なお、ズレ込んだとしても仮条件だけなら仮条件決定日に東証又は幹事となっている証券会社のIPO一覧ページで確認する事ができます。
どこで確認する?
一般的には金融庁所管の「EDINET(エディネット)」や証券会社のHPで確認します。IPO系のサイトなどでも確認できるでしょう。
仮条件の決め方
まず簡単に仮条件の価格決定プロセスを説明すると、以下のようになります。
- 上場承認前に想定価格を決定
- 上場承認後に機関投資家へ株価に対する意見聴取
- 仮条件の決定
ざっくりまとめると、株価のベースを決定し、専門家の意見を聞いて、仮条件を決定する、という感じになります。それでは、もう少し詳しく見ていきましょう。
① 上場承認前に想定価格を決定
想定価格とは、正式には想定発行価格と呼ばれ、上場承認前に設定される株価の事です。株価と言っても売買の為の株価ではなく、目論見書に記載される発行価額の総額・資本組入額などの算出や今回の主題である仮条件の決定に用いられます。
想定価格の決め方は、色々な方法がありますが、ほとんどのIPOで以下の計算方法が採用されています。
想定時価総額÷株式総数=想定価格
PER(株価収益率)は「時価総額÷純利益」で求められます。なお、複数の類似企業の平均PERが用いられる場合も有ります。
IPOディカウント率は、銘柄・業種にもよりますが、20%~30%と設定されます。
たとえば、当期利益:1億円、類似企業のPER:10倍、IPOディスカウント率:20%、発行株数:100万株の場合では、想定時価総額が1億円×10倍×20%=8億円となり、想定価格は8億円÷100万株=800円となります。
計算例を紹介しましたが、別に想定価格を計算できるようになる必要はなく、ましてや計算式を覚える必要もありません。こういう風に想定価格は決められているんだな、という認識程度でOKです。
というのも、想定価格は目論見書に記載されているからです。目論見書の「募集の方法」などに記載されているのでチェックしておきましょう。
② 上場承認後に機関投資家へ株価に対する意見聴取
上場承認後には、企業の経営陣が銀行や保険会社などの30~40の機関投資家に対して事業内容等のプレゼンテーションを行います。これをロードショーと言います。目的は株価及び需要に対する意見聴取です。
ロードショーでは、事業内容等を説明するにあたって、以下のようなポイントが主題となります。使用される資料は、目論見書や補完する資料などです。
- 企業の強み・特徴は何なのか
- それらが現在に至るまでどのように発展してきたのか
- 上場後、どのように成長していくのか
まさに過去から現在までの道(road)をどのように歩み、そしてその先へどのように歩んでいくのか、を説明(show)するんですね。
機関投資家は、ロードショーの内容や財務情報、想定価格などを考慮して、公開価格・上場後の株価に対する意見や株式の購入意思、需要見通しなどを示します。
資金調達額やキャピタルゲインの金額は公募価格を基に計算されます。そして公募価格は仮条件の範囲内で決定されます。つまり、ロードショーが失敗して、仮条件が低く設定されれば、得られる資金も少なくなります。
たとえ、上場出来たとしても、資金を獲得するという目的は失敗に終わります。公募する株数によっては億単位で金額が違ってくるので、経営陣は必死にロードショーに取り組む事になるんですね。
③ 仮条件の決定
想定価格を基に機関投資家の意見を考慮して、幹事証券会社が仮条件を決定します。
なお、上場する企業に対して仮条件の価格や設定理由などの説明は行われますが、基本的に企業側に交渉する余地は無いそうです。提示された仮条件でIPOの目的(資金調達等)が達成できない場合は、上場の延期・取消という判断をする可能性はあります。
決定後に仮条件が変更される可能性は?
仮条件が決定すると、数日後にはブックビルディングが開始されます。投資家は決定した仮条件を基にしてブックビルディングの申込を行うわけですが、仮条件の内容が変更される事はあるのでしょうか?
この疑問に対する回答としては、仮条件決定後に内容が変更される事は稀にある、となります。
実際、2016年7月15日に上場したLINE(3938・東証1部)は、「2,700円~3,200円」から「2,900円~3,300円」へと仮条件を変更しました。
回答にも書いているように、仮条件が変更される事は稀ですが、ゼロというわけではありません。そのため、仮条件が決定してからブックビルディング期間が終了するまでは、変更の有無をチェックしておいた方が良いでしょう。
また、ブックビルディングの申込後に変更が有った場合には、以下の点に注意するようにしてください。
- 指値で申し込んでいる場合は、取り消し後に再度申し込む必要がある(成行・ストライクプライスの場合は不要)
- 買付余力が不足している場合は、落選扱いになる可能性があるので資金を追加する必要がある
証券会社によって対応が異なるので、実際に仮条件の変更が有った場合には問い合わせするようにしてください。
仮条件と想定価格の関係~IPO銘柄の需要をキャッチ~
仮条件の決め方から分かるように、設定される仮条件は機関投資家の株価に対する意見や需要見通しによって、大きな影響を受けます。
- 評価・需要見通しが「良い」場合・・・仮条件は高めに設定(強気と表現する場合も有り)
- 評価・需要見通しが「悪い」場合・・・仮条件は低めに設定(弱気)
また、個人投資家は決定された仮条件から機関投資家がどのような評価・需要見通しを下したのかを推察します。そして、IPO株の購入の判断材料の1つとして利用します。
- 仮条件が高めに設定⇒機関投資家の評価・需要見通しが良好⇒積極的にIPO株を購入(需要大)
- 仮条件が低めに設定⇒機関投資家の評価・需要見通しが不良⇒IPO株の購入に消極的(需要小)
つまり、仮条件の内容からそのIPO銘柄の需要を予想する事ができます。
既に上場している銘柄では「板情報」を見れば需給バランスを把握できますが、これから上場するIPO銘柄には上場日まで板情報がありません。そのため、仮条件は需要を見極める重要な材料となります。
では、仮条件の高い・低いは何を基準に判断すれば良いのでしょうか?その基準となるのが「想定価格」です。想定価格に対する位置関係で仮条件の高い・低いを判断する事になります。
両者の位置関係は以下の5つに分類できます。分かりにくいと思うので、下図と番号を照らし合わせてご覧ください。
- ① 仮条件の下限>想定価格
- ② 仮条件の下限=想定価格
- ③ 仮条件の上限>想定価格>仮条件の下限
- ④ 仮条件の上限=想定価格
- ⑤ 仮条件の上限<想定価格
「①」が高めの仮条件設定となり、順に下がっていき、「⑤」が低めの仮条件設定となります。需要の観点から見ると、「①」は需要が大きく、「⑤」は需要が小さいと言えます。
では実際に2016年・2017年に上場したIPO銘柄を「①~⑤」に分類し、それぞれの公募価格割れ(初値が公開価格を下回る事)を起こした銘柄数と平均騰落率(公開価格に対する初値の変化率)について見てみましょう。需要が株価(初値)に与える影響が見てとれます。
■2017年
分類 | 銘柄数 | 公募割れ銘柄数(割合) | 平均騰落率 |
---|---|---|---|
① | 9件 | 0件(0%) | +170.5% |
② | 47件 | 1件(2.1%) | +120.4% |
③ | 15件 | 2件(13.3%) | +110.3% |
④ | 17件 | 4件(23.5%) | +73.8% |
⑤ | 2件 | 1件(50%) | 3.1% |
■2016年
分類 | 銘柄数 | 公募価格割れ銘柄数(割合) | 平均騰落率 |
---|---|---|---|
① | 4件 | 0件(0%) | +116.0% |
② | 28件 | 1件(3.6%) | +100.3% |
③ | 16件 | 2件(12.5%) | +103.9% |
④ | 28件 | 9件(32.1%) | +32.0% |
⑤ | 7件 | 3件(42.6%) | +14.2% |
「① 仮条件の下限>想定価格」となったIPO銘柄では、公募価格割れを起こすリスクが限りなく低く、また平均騰落率も非常に高い数値を示しています。是が非でも購入しておきたい銘柄と言えます。
一方、「⑤ 仮条件の上限<想定価格」となったIPO銘柄では、公募価格割れを起こすリスクが高く、また平均騰落率も低い数値を示しています。投資するにあたっては慎重な判断が求められます。
このように「仮条件」と「想定価格」の関係から各IPO銘柄の需要をキャッチする事ができ、ひいてはそのIPO投資の成否をも予想する事ができます。仮条件が公表されたら必ずチェックするようにしてくださいね。
仮条件と公募価格の関係~公募価格割れリスクの見極めが可能~
IPOのリスクの1つが「公募価格割れ」です。さきほども出てきたように、上場日以降に付く初値が公募価格を下回ってしまう事を指します。初値でIPO株の売却を考えている人にとっては、出来る限り回避したいリスクです。
公募価格割れリスクを見極める為に注目して欲しいのが「仮条件」と「公募価格」の関係です。前述の「仮条件」と「想定価格」の関係からもこのリスクが高いIPO銘柄を予想する事は出来ますが、「公募価格」との関係の方がより確度の高い見極めが可能です。
ポイントは、公募価格が仮条件の上限未満になっている銘柄です。このようなIPO銘柄は公募価格割れを起こすリスクが非常に高いです。
以下の表は、直近5年間のIPOにおいて「公募価格が仮条件の上限未満となった銘柄件数」とそれらの銘柄のうち「公募価格割れを起こした銘柄件数」を表しています。
年 | 公募価格<仮条件の上限 | うち公募価格割れの件数 |
---|---|---|
2017年 | 5件 | 5件 |
2016年 | 5件 | 5件 |
2015年 | 3件 | 2件 |
2014年 | 5件 | 5件 |
2013年 | 1件 | 0件 |
合計 | 19件 | 17件 |
直近5年間では、19銘柄が「公募価格<仮条件の上限」となっており、そのうち17銘柄、割合にして約89%の銘柄が公募価格割れを起こしています。最早リスク(可能性)の域を超えている、と言ってもいい状況です。
公募価格決定後に購入の申込をするので、もしブックビルディングを申し込んだIPO銘柄が「公募価格<仮条件の上限」となっていれば、購入(当選)辞退を検討するようにしてください。
なお、「公募価格=仮条件の上限」となったIPO銘柄でも公募価格割れを起こすリスクはあります。直近5年間では28件発生しています。公募価格と仮条件の関係だけでなく、その他の公募価格割れを起こしやすい銘柄の特徴も考慮してIPOに投資していきましょう。
IPOの仮条件まとめ
IPOの仮条件を「ブックビルディングの申込価格のレンジ(範囲)」とだけ捉えておくのは非常に勿体無い話です。
今回紹介したように、IPOの仮条件にはIPO投資の成否の鍵を握る情報が含まれています。「想定価格」及び「公募価格」との関係をしっかり分析して、投資するIPO銘柄の取捨選択を行うようにしましょう。